お天気は、生憎の雨模様。

関東もとうとう、梅雨入りをしました。


…。


私は運動が大嫌いで、体を動かすのも億劫で面倒な事は進んでやりたくない様な物臭な性格でもあったけど、

産後に陥った体の不調をキッカケに、

骨盤ケアをベースにしたエクササイズに興味を持ち始めました。


そして、行き着いたのが樫木裕実先生のカーヴィーメソッド。

動けばとても心地良くて、気付けば運動嫌いなのに樫木先生のスタジオに通う様になっていた。


もっとこのメソッドを知って欲しくて、色んな人に先生のムック本を贈呈し、アピったり。

推しを布教するのは、私の魂の根源なのかも。

潜在数秘術的にも!


そして更に最近は、

家族の健康の為に大好きなポデリッシュキッチンさんのフードドクター育成コースを受講し始めました。


坂部幸先生の作るお料理が好き。


その幸先生が、プロフェッショナルの方々とタッグを組み、様々な体の健康を考えて組み立てたSTEP3迄の講座メニューは、作るのが楽しくて。


元々、好みのお料理を食べられる歓びを追求するとゆ〜不純な動機があったものの、

それを自らの手で作って食べながら、内側からの健康にも貢献するメリットは、筆舌に尽くし難く…。


でも、それらは悲しいかな、私の場合自己満足の域を出ておらず、

真の意味で活用出来ていなかったのかな…と、思う。


昨日、最愛の夫が脳梗塞…?

脳内出血により、倒れました。


(何のために、私は?)


一所懸命に記憶を遡っても、いつだったのかがどうしても思い出せなかったのだけど、


推定、昨日の朝か一昨日の夜頃に、

夫が唐突に、カクンと膝を折って転けたのです。


そのコミカルな姿に思わず吹き出してしまったものの、

気付く事が出来なかった。


そんな動作を通常の人間がする筈が無い事に。


当の夫本人も、意識していなかったかも知れない。

ほんの一瞬の出来事でした。


そして、昨夜。


いつもの様に帰宅を果たし、

後からジワジワと蘇っては涙を誘う私達家族への心遣いの一つ一つの痕跡を残しながら、

普通に普通に、時は経つ。


いつも通り。

いつも通りの日常。


夕飯を食べながら、

氷を足したレモンサワーをカップに注いで、晩酌しつつ、電子タバコを燻らせてテレビを横目にスマホを操り、

穏やかに時間は過ぎていた。


私は、空腹に任せて食事をいち早く済ませ、

定位置のソファでテレビを見たり、

スマホを見たり。


その脇の食卓で、カタン…と、何かが落ちる音がした。

チッ!と、舌打ちしながら、

夫が落とした何かを拾おうとして、体を屈めたのに、そのまま少し長めの時間が流れた。


何やら、不自由そうだ。

何?お腹がつっかえて取れない?


そう言えば、最近、夫は太り過ぎだなとフト思っていた。

ふざけて戯れに胴に手を回しても、周り切らない腹部に、少し、危機感も感じていた。

大丈夫なの?と。


だが、もう少し。


フードドクターの全STEPをマスターしたら、本腰を上げて健康食に取り掛かって、

夫が健康に痩せていって貰って、

娘が大きく成長していって、

義母が長生き出来る様な、

そんな食事を作るって。


そんな風に思っていた。

急ぐ事はない。のんびりとやろう。

この当たり前の日常は、当たり前に続く筈。

そう思っていたから。


しかし、そうではない。

そんな事は、なかった。


夫は、この後どんどんと明らかにおかしくなった。


恐らくトイレに行きたかったのであろうが、

真っ直ぐに歩けない。

どんどんと姿勢が崩れて、立ち上がる事さえ困難になった。


異常な発汗とフラつき。


正常な状態でない事を感じ取って、

一体何の症状なのかと不安になる。


熱中症…?


まず先にそれを疑って、アイスノンやお水を勧めるも、

彼に似つかわしくない乱暴な拒絶。


体調が悪い時は素直に休もうとしたり、

病院へ行くよって言うのが夫なのに、

態度が刺々しい。


尋常でない雰囲気に気圧された娘が心配で寄ってくる。

父に何とか戻って貰いたくて、

アレコレ助けようとするのだけれど、

普段から最愛の娘に対する優しいいつものパパの態度ではなく、

けんもほろろ。

邪険にすらしてくる。本気でウザそうに。


119をコールしたかったけど、それすらも拒まれて途方に暮れる。

更に立ち上がれなくなり、焦点の合わない目と、口から垂れる唾液と、呂律の回らなくなる口調。

一見、酩酊状態を思わせるのだが、異常な発汗がソレを否定する。


私は夫のそんな姿を見て恐ろしくなり、

ネットを調べたが埒が開かず、

#7119に相談した。


相談看護師が全部埋まっており、中々繋げてもらえない中、

何とか空きの方が出て、ようやく話せる機会に恵まれ、

聞かれるがままに答えているうちに、

気になるのは夫の状態。


娘が必死に辿々しい介助を続ける様を見ていると、

徐々に私も心配の余りに冷静を保てなくなり、理論立てて説明が出来なくなってきた。

私が感情を抑えられずに取り乱し始めると、

受話器の向こうな看護師さんが119しますか?と、私に問う。


夫の意向が気になって、119して貰う?と、必死で呼びかけてみると、

やっと頼むという答えを得る事が出来た。


直ぐに救急車を手配して貰える事になり、程なくして救急車がサイレンを鳴らして来てくれた。


我が家で夜に起こった出来事を隠す意向は私には無く、

本来の救急車両の姿として来て貰う事に決めたのだった。


救急隊員さんと必要なやりとりをしながら、

脳梗塞や、意識レベル3やら、麻痺などとゆ〜不穏なワードが耳に入り、

信じられない思いで絶望感に苛まれてゆく私。


そんな筈は無い。

でも。。。


…最終的にストレッチャーで運ばれていく夫に付き添って、指定された病院へ向かう。

偶然にも、義母がかかりつけ医として利用している公立医療センターだった。

その日はローテか何かで脳外のドクターが当直で居てくれたんだと思う。


そして、そこへほぼ着き始める頃に、唐突に気付く。

しまった、私は原チャリで来れば良かったなと。

帰りをどうするんや、私。


義母を寝かせる前に娘を置いて家を出た。

私は自宅に帰らなければならないのに、その足がない。


タクシー捕まるかな?余計な出費になるやんか〜。

などと、不安に思いつつ、到着。


私のいつもの無印製リュックの他に、夫のカバンを持って出た。

彼の財布の中には保険証やら診察券やらがあり、

そこでそれらを促されるまま救急外来受付に提出する。


こんなに切羽詰まった救外受診の体験は初めてだった。


夫は処置室へと運ばれ、アレコレ検査や診察をされている模様。

途中でどうしても上着を脱がせられないので、切って良いかと問われ、承諾した。


まさに、太り過ぎの弊害。


自宅で私と娘が起こそうと渾身の力で試みても、重い体は起こしてはあげられなくて、

歯痒かった記憶が蘇る。

救急隊員さんや看護師さんには申し訳なく思い、頭が上がらない。


下手に気遣わず、早くから本気で彼にダイエットを薦めていれば。

こんな事になる前に。

事態はこんなに深刻になってしまった…。


様々な検査を受けている間、看護師さんが2人、交互に対応してくれた。


夫はこのまま即日入院となる。

なので、それに伴う複数の必要書類に記入をして欲しい事、

医師からの説明を聞いて欲しい事、等々。


動揺と恐怖からイマイチ働かない頭で書類を記入しながら、担当医師から呼ばれて診察室へ入る私。


夫の頭のCTを示され、今の状態を説明して貰う。


原因は、脳内出血だった。

脳梗塞の症状のひとつ。


こんなに身近な存在の人が、寄りによって脳の病気を患うだなんて初めての事で、

あまりに急過ぎてショックで、思考停止。


夫は60歳にも満たない年だし、

未だかつて具体的に死を意識した事はない。

まだまだ、長い日常を紡ぐ未来が続く事を一心に信じて疑わなかった、の…に。


しかも、左側に麻痺が残る?

自宅介護が厳しくて、最終的に施設に入って貰うケースもカナリ多い…?


は?


施設?


誰が??


夫が???


嘘やろ?!


いやいやいやいやっ!!!


我が家は夫が回しているのだ。

同居の義母は世帯主であり、100歳が程近い高齢者だが、

年金で纏まった収入があって、ぶっちゃけ金銭面で生計を立てるのは可能なタイプ。


でも、その息子が世帯主の我が家は、

夫の労働の恩恵を受けており、

その彼に完全に依存して私は生きていた。


続くと思われていたごく普通の我が家の日常の中で、

夫を失うかも知れない可能性を夫婦間で検討した事はなく、

彼のイニシアチブの元、その背中に乗せて貰ってヌクヌク私と娘は日々の生活を送っていた。


その、大黒柱たる存在が根こそぎ揺らごうとしている。


第一に、我が家の生活費はどうする?


入院費は義母に借りる事が可能として、

夫が地元に借りている社屋の家賃はどの様に支払っているとか、

会社として顧客に約束の予定があったり、

最近彼が雇った私とは面識のない社員の人をどうしたら良いのかとか、

彼が使用したクレカの決済やら何かの支払いやらは大丈夫なのかとか、

色々色々色々色々、

どうすればいいの?!


何ひとつ、私では分からない。


最近、多くの事を物忘れし出した私の頭は、

夫が入っている保険の会社名すらも思い出せなくなっている。


混乱・パニック・動揺の嵐。


説明された手術のリスクも怖いし、

頭の病気はこの先の会話が出来るのかとか、

入院は恐らく長期になるが、コロナ禍の今、面会が一切禁止になっており、

ソレは昨年同じ病院に入院した義母の時とは比べ物にならないほど厳しくなっていたのだ。


一切会えなくて、どう生活しろと…?


看護師さんに懇願したが、通らない可能性が高いと言う。

何で?困る。


入院直前、最後となった判断力が低下してハッキリしない状態の夫に語りかけた際、

今後どうしたら良いか奥さんが聞いてるよ、と看護師さんが伝えてくれたのだが、

ソレに対する夫の答えは、


(俺の)スマホをくれ。


だった滝汗


こんな状態でも、自分で何もかもやろうとしてるっ!!


明日、手術なのに。

頭を切って脳を晒すんだよ?

その後、どんな風になるのか判らないのに、自分で出来るというの?


そんな風に不安がガンガンと頭を跨げたけど、

引き下がるしかなかった。

相手は、病人なのだ。

今、話は通じない事を理解した。


やるせない。


時は深夜を過ぎ、日付が変わった。

検査が終わり、話を聞いて、書類に記入を終え、私は一旦帰宅をする事に。


病院を出た、真っ暗な正面玄関の先に一台のタクシーが待機場所に待機している事を受付の職員さんが教えてくれた。


義母が気になっていたので大変ありがたかったが、

片田舎の深夜にこんな場所でタクシーを待機させているタクシー運転手は失礼ながら、変わっていた。。。


サッサと会計を済ませて帰宅。

義母は部屋で起きて待っていたので、速攻で用意して寝て頂いたのだった。

娘も起きていたけど、いつしか寝落ちしていて私はそっと娘の部屋の電気を消してあげた。


その後、中々眠れなくて、

横になってみると呼吸が息苦しくて過呼吸になりそうに思った。

起きては水を飲んでウロウロしたり、

涙が込み上げて来て泣いたり、

心も体も苦しくて苦しくて、悶絶していた。


手術や入院に必要な物の用意がある為に少し寝て、

何とか早起きして朝食を作る。

今朝は義母1人分。


夫は今この家には、居ないのだ。


…昨晩、義姉や実母、実妹に連絡をした。

経緯があって、友達にも。


義姉が手術途中にはなるけれど、駆け付けて来てくれる事になっている。

ありがたい事この上ない!

嬉しさと、心強くて泣いた。


入院に必要な物たちの中で不足しているものは売店で買い揃える事にして、

私は30分早めに病院へ到着した。


入口で守衛さんに伝えると、看護師さんが面会玄関口付近まで迎えにきてくれて、

手術室待合へ案内してくれた。


そこで術前の必要書類に記入・押印し、

流れで看護師さんに売店に付き添って頂きつつ、不足分を購入。

これは、大変ありがたかった。


再び待合に戻って、時間になった時、手術前の夫との対面。


意識はあったが、私の呼びかけには喉をガラガラ鳴らすのみの言葉を成さない音で、応えがあった。

聞きたい事は山程あったし、スマホの事を伝えるべきだったのに、実際に私が発する事が出来た言葉は、


頑張って。


ひたすら月並み過ぎるし、思い返せば後悔の嵐。


その後、義母をデイサービスに送り出してくれて、それまで娘と過ごしてくれていた義姉と病院で合流し、

待合で手術が終わるのを待った。


3時間の予定が、4時間弱。

その間、随分と不安な時を過ごしたと思う。

義姉が居てくれて良かった。


途中で、近所のママ友から、昨夜救急車のサイレンを聴いてウチだと思い、

心配してLINEをくれていた。


彼女はあまつさえ一人で留守番している娘を預かってくれると言い、

それに甘える事にした私。


術後の夫は麻酔が切れていなくて意識が無く、高いびきを書いて無邪気に眠っていた。

これにて話す機会、消滅。


その後、義姉と共に医師からの説明を受けた。


手術は無事に成功し、目的であった出血の除去を果たしたという。

出血による圧迫された面の脳の部分は、損傷していると考えられ、

その部分が司る役割の先である左腕と左脚部分は麻痺が残る可能性が非常に高い事、

今後は後遺症として計算・読み書きの脳野が衰える可能性と、

呂律が戻らない可能性も示唆された。


兎にも角にも、1週間。

後遺症がどの程度、どの範囲で現れるのか。

検査を交えて診断していくという。


その後、またその時の状況の説明を聞いて、

今後の計画を具体的に立てていく様な流れとなるらしい。


ひとつ明確に分かる事は、


夫は生き延びてくれたという事!


最愛の夫を失わずに済んだのは正に不幸中の幸い。


でも、叶うなら私が代わりたかった。


そして、夫の他に要らない奴なんてゴロゴロおるやろ?

意味不明な凶悪な犯罪者とか、

そんなんが居なくなればよかったのよ。夫の代わりに。


何で、夫が?

彼は私達家族にとって掛け替えの無い太陽だったのに。

そんな風に思ってしまう。


当たり前の日常は、今、消え去りました。

クソみたいな私一人で、この先、どうしたらいいの?

やるせない思いと絶望感が止めどなく押し寄せるけど、

反面で支えてくれる人も居て、

その人達の温かな気持ちに励まされる自分も居る。


娘も、パパとは相思相愛だったから、

情緒不安定になって時折り泣いたりもしているけど、

同じ様に娘のお友達の応援があって、それに感動している様だ。


ありがたいね。

ありがたい。


暫く、夫は帰らない。

彼の居ない家が、とても寂しくて悲しくて。


いつもなら、ただいまって言いながら仕事が終わって帰宅する時間だけど、

帰って来てくれない。


そんな気持ちになると涙が溢れて止まらない。

ここは彼が建てた家なのに、何で彼が居ないの?

おかしくない??


何か、叫び出したい。

狂いたい。


そんな衝動に駆られるけど、

人に吐き出す事で、何とか保ててる。

受け止めてくれる人が居るから。


いい歳して、私、甘えたなので。

普段はカナリ抑えて遠慮して隠してますけど、

今こそ、なりふり構わずに、ガーッと、甘えたいです。

寂しくて。

普段は恐れているけど、今はホント誰に引かれてもいい勢い。


…親は、いいよね!


そんな状態の私を甘えさせてくれるんだよ。

今、ドロッドロに甘やかしてくれる存在がないと耐えられない気分なので、カナリ助かります。


夫よ、早よ帰って来て。

私が正気なウチにさ。


いつもの、何でもない日常に貴方と戻れたら。

もう何も望まないよ。

娘もいい子になるってさ!

その決意、いつまで保つか分かんないけどね。